特別定額給付金についての手記

新型コロナウイルス感染症緊急対策として行われた「特別定額給付金」事業。
この事務に携わった全国の自治体職員、総務省職員は非常に苦戦したと思う。何がどうなってこんな事態になってしまったのか、手記として残しておこうと思う。

1 時系列のまとめ

・4月上旬
「生活支援臨時給付金」という、収入が減少した世帯に対して30万円を給付する事業として発足した。詳細な日付はメモを忘れてしまったが、私が担当者として動き出したのが4月6日~10日の週だったので、その時期には30万円の給付金が発表されていた。

・4月16日
総務省による「生活支援臨時給付金」自治体向け中継説明会が行われた。
しかし、その夜に一部報道で「一律10万円給付金」に方針転換すると発表があった。

・4月20日
総務省に特別定額給付金実施本部が設置され、正式に一律10万円の給付金が決定する。

・4月24日~4月30日
DV等の連絡調整期間

・4月30日
国の補正予算が成立。正式に予算執行ができるようになる。

・5月1日
最速の自治体でオンライン申請が開始

・給付率の推移(6月21日時点)
6月 5日 30.2%
6月10日 38.5%
6月12日 46.8%
6月17日 54.5%

2 噴出する問題点

(1)個人に対して給付すべきという意見が相次ぐ
家庭にはそれぞれ問題があり、世帯主ではなく個人に給付しなければ行き渡らないという意見が相次ぐ。
この流れは申請が開始されるまで続いた。

(2)多数の自治体で給付金の誤給付や二重給付が相次ぐ
福島県天栄村(375世帯1,162人)
大阪府寝屋川市(993世帯2,196人)
この他にも少額の誤給付や二重給付の報道が相次いでいる。

(3)給付金絡みの逮捕者の発生
・京都で親族の住民票を勝手に移動し給付金を詐取しようとした疑いで詐欺未遂
・大阪で給付金に便乗してキャッシュカードを騙し取られる詐欺事件
・福岡、埼玉、横浜で役所職員に暴力等で公務執行妨害
ただ、推定無罪の原則があるので、量刑が確定するまではこの項目については触れるべきではない。

3 給付金の問題点

以前に特別定額給付金の問題点として数ツイートにまとめた。以下はその内容である。

(1)スケジュールが異常
全国民一律10万円給付が表に出てきたのが4月16日。生活支援臨時給付金(30万円)の地方自治体向け説明会を行ったその日の夜に報道があり、方針が急転換したことが分かった。自治体もシステムベンダーも30万円でスケジュールを組んでいたので、2週間近くを丸々無駄にした。
にも関わらず、給付時期は「早ければ5月中」と自治体の都合を無視した形で国の発表があった。システム開発や申請書の印刷だけでなく、DVや虐待の情報共有もしなければならない。
DVや虐待は都道府県をまたぐため、情報のやり取りは国が手順を作らなければならない。4月24日からの申出期間に対し、情報共有の手順が示されたのは1〜2日前だったと記憶している。ミスがあってはならない情報の準備期間にしては短すぎる。
4月27日を基準日にしたせいで、転入出管理の工程が非常に面倒なものになった。転出元の自治体への転出届の「届出日」と「転出予定日」、転入先への転入届の「届出日」と「転入日」をチェックしなければならず、住基情報だけではどちらの自治体で支払うべきか不明な方が発生し、そのたびに転出届や転入届を確認せねばならなくなった。

当初の動き出しから2週間経って急な方針転換をされたため現場は大混乱に陥った。対象者要件の確認が簡単になった一方、給付のためのシステムがない、対象者が数倍に膨れ上がった。
厄介だったのが転入出や死亡者の関係で、システムベンダーも国と直接協議していただろうが対象者の解釈が自治体側とベンダー側で一致しないこともあり、その都度国の通知を読み直して正しい方向にしてやらなければならなかった。神戸市の誤給付はこのあたりの関係のミスで起こったものと考えられる。

余談であるが、対象者の抽出作業をしているときにクレーム電話で「自分なら数時間でエクセルのマクロ使って申請書作れるよ。お前ら遅すぎるんだよ」というものがあった。転入出、死亡者、DV等配慮が必要な人の情報連携、それらをすべて加味した上で数時間で申請書の印刷準備ができるものならやってもらいたいものである。

(2)オンライン申請のフォームがぐちゃぐちゃ
これはもう報道でもさんざん言われているけど、受理後の作業がまったく考えられていないシステムだった。マイナポータルが住基情報を持てないのは置いておくとして、口座入力の部分でもっと上手いことできたと思う。
オンライン申請のデータは金融機関コードと支店コードを持っていない。しかし、実際に振込に使うのは金融機関の名称ではなくコードの方。金融機関コードをデータとして持たせた上、口座入力の入力規則を厳格化して、桁数が足りない場合や半角カナじゃない場合に申請できないようにすべきだった。ついでに郵便局の口座は記号じゃなくてゆうちょ銀行にした場合の番号を入力させるべき。

かなり早い段階から総務省は「世帯主と人数が合っていれば個々の世帯員の氏名まではチェックしなくていい」と言っていたので、口座のところで確認作業が減るような工夫が欲しかった。

オンライン申請についての問題点は様々なところで論議されているので省くが、ひと言で例えるなら「おとうさんスイッチ」(ピタゴラスイッチより)だなと思った。見てくれはオンラインで手間なく申請できると謳っておきながら、実際は人力で背後のシステムを動かしている。これも番号法システム開発の時間のなさからこのようになってしまったのだろうなというのは推測できる。
いくつかの自治体でオンライン申請を中止しているが、自分のところの自治体は、オンライン申請の絶対数が少ないという点はあるが特に問題は起きていない。口座振込のための給付システムとの連携が十分に図れる時間があればそれなりに結果を出したのではないだろうか。

(3)オンラインと紙で申請期間を分けなかった
自治体の担当者が何人就くかはそれぞれでしょうが、限られた人員で申請書の作成作業をしながらオンラインの申請内容をチェックするのは、かなりの負担。申請書の作成は業者に投げられる十分な猶予があれば、オンラインのチェックもここまで混乱しなかったのでは。
ただでさえ少ない自治体職員で給付事務を行うのに、オンラインのチェック、申請書作成の指揮と、どちらもボリュームが大きいのにまったく違う方向性の仕事を一度にやらなければならないのは、マンパワー不足。

(4)住民からの心無い苦情・罵倒
過激な例になると、上記に挙げた逮捕者のようになるが、それに至らないにしても全国の地方自治体の職員はひどいクレームに晒されている。貧すれば鈍するという諺のように、本当に毎日毎日毎日毎日これでもかというほどクレーム電話がかかってくる。
その電話がどれだけの作業の邪魔になっているかという観点はなく、言えば早くなるだろうとでも思っているのか、毎日、日によっては1日に数回電話をかけてくる。とある方のツイートを拝見すると、給付金チームの3分の1が退職や休職で離脱したとか。

電話をしてくる人はダウンロードで申請書を出せだの、マイナンバーカードがなくてもオンラインで申請できるようにしろだの、好きなことを言ってくるが、全部の要望に対応できるほど自治体に余力はない。有り体に言えば「選択と集中」で各自治体が何を優先すべきか、どのくらい力を入れられるかによって方針が決まっていった。どの自治体も限られた資源の中で最善を尽くしている。今回の件であれはダメだこれはダメだというのであれば、同じ考えの人を集めて「ダメなことができるようになるよう、金を集めたり人を集めたりできる人」を議員としてを送り込んだり、首長として送り込んだりすればいい。あなたの1票は飾りですか?

ではどうすれば良かったのか

そもそも国が助けるべきは個人なのか企業なのか

chikirin.hatenablog.com

日本には日本の歴史があり、今の現代社会が「国は企業の面倒を見る、企業は個人の面倒を見る」という前提のもとに成り立っていたと考えると、国から個人(厳密に言えば世帯主)への給付が遅くなるのも当然。国民としてどっちの方式にが良いのか、今一度考えるべきではないかと。
個人的には日本的な「何かに属しているマインド」からの脱却は難しいと思う。ただ属する「なにか」は変遷していくと思う。行政と関わりがある人を見ていると「個人が個人として個人を主張する」っていうのは、世間一般が考えるよりハードなのかもしれない。属する「なにか」が増えていって、それぞれが国→なにか→個人のチャネルを持てるようになっていったらなぁと思う。

現実的には

今後給付金みたいな事業をやるときは、システム面での準備がある程度整うまでは発表すべきではないと思う。全国的な誤給付・二重給付の様子からして、明らかにシステム面での準備不足が招いた結果だと見える。似たような事業として消費税対策の「臨時福祉給付金」があった。これは非課税者が対象となっていてボリュームは全世帯の1割程度と思われるが、たったそれだけの対象者のものでさえ準備期間は数ヶ月あった。今回のように 発表→来月から給付開始しろ なんていう無茶なスケジュール組みはされていない。
本当に生活に困っている人に向けては「緊急小口資金の特例貸付」等の既存制度の拡張を利用してもらった方が圧倒的に早い。そこに至らない人は当面の生活資金は貯蓄から出してもらい、その間に支援制度を設計するようなスケジュールが当たり前になるべき。

マイナンバーと口座を紐付けるという話も出てきているようだが、正直それなりのボリュームの人が「口座とマイナンバーを管理できない」と感じる。根拠はないけど全人口の1割から2割くらいの人は管理できずに紐付けても意味無しになってしまうと思う。それをケアする方法は現状思いつかない。

思いつきに過ぎないが、郵便番号ごとに抽選を行って「当選おめでとうございます。この郵便番号は1番最初の給付になりました。○月○日~△日に申請してください。申請しないと最後尾に後回しです。」とか。

う~ん、いい方法は思いつかない。
なにか良い方法があったら教えてください。

余談

10万円の給付は行政処分じゃなくて贈与にあたるって見解がどこかにあったはず。そう考えると申請なしに一方的にお金を送りつけるのはどの法解釈に基づいてやればいいんだろ?

総務省は「事業実施にあたって地方公共団体で要綱を制定する必要は必ずしもないと考える。だから要綱例は出さない」って言ってたけど、法令受託事務じゃないし、法的根拠もないし、地方自治体の「自治事務」として行う以上支払根拠として要綱は作成すべきじゃないかな。要綱は必要ないって国が言うのは自治事務への過剰な口出しじゃないのかな。

税金を取るときは早くて給付するときは遅いという苦情のために、「○○税の算出データを作成しました」とか「○○税の納税通知の業者の入札を行いました」「○○税の納税通知の発送がまもなくです」とかプレスリリース出せば満足するのかな。税を徴収するのに何ヶ月準備かけてると思っているんだろうね。

マイナンバーと口座の紐付けをするとして、成年後見とか未成年者とか口座を持てない人とかの対応どうするんだろ。口座を持てない人は居住自治体に連絡がいって、「この人口座ないからよろしく」だよなぁ。

近所の人と比較して「あそこは届いたのにウチはまだ!」って問い合わせが尽きないんだけど、どうして人は人と比較してしまうんだろうね。